想いが届くように

 
ダンボールから隠れていた思い出達がそっと顔を出す。
楽しかったこと、つらかったこと
うれしかったこと、悲しかったこと
そんなものが今の私を支えている。
心の中のダンボールがつぶれないように
願いこめてボールを放る


「ん〜〜〜重いぃ」

ダンボールを抱えながら孝之がしんどそうに声をあげた。

「とにもう!引っ越す前日までほとんど用意できてないなんて、なに考えてんの?」

「しょーがねーだろ。前のバイト先やめることとか新しく就職するとこのための準備とかでけっこういそがしかったんだよ」

孝之が新しい就職先が決まってほどなく新しい住居も見つかった。
明日はいよいよ引越し。
最低限の電化製品、家具は孝之が持っているのでこれといって新しく買い揃える必要もほとんどなく荷造りだけで済むからそんなにたいへんじゃないと孝之はいっていたけど・・・
・・・きてみたらこの有り様。

「ぶつくさいってないでテキパキやる!!」

「ふぁ〜〜〜い」
気のぬけた返事が返ってきた。

んもう・・・

雑誌や本の荷造りは午前中に終わったらしく今は収納の中のダンボールを整理していた。この部屋は見た目より収納が多いのだ。
午後から手伝いにきたけれど、こんなにたくさんものがこの部屋に
あったことに驚いた。それだけの歳月を孝之がここで過ごして
きたということを思うと・・・孝之の今の心境はどんなカンジなんだろうと
少し気になった。


口の割には孝之はわりとテキパキ動いていた。
これならあと1時間くらいで片付きそう・・・なんて思っていたら
孝之の手が止まっている。

「・・・あぁ、これ・・・こんなとこにあったのか・・・」

孝之はホコリまみれの古いダンボールに視線を落としていた。

「なに・・・ボケっとしてるの?早くしないと日が暮れちゃうよ」

孝之が抱えてるダンボールの箱を覗くとそこには
くだびれた2つのグローブと軟式用の野球ボールがあった。
私は思わずグローブを手にとった。
ホコリを払ってグローブをみてみると黒の油性マジックで
「5年3組 なるみたかゆき」とひらがなで書いてある。

「なぁ水月・・・」

孝之はダンボールから顔を上げながらいった。

「・・・これからキャッチボールしないか」

「えっ!!荷造りどうするの?」

「だいたい終わったし・・・それに今日オマエ休みなのにどこにも
つれてってやれなかったしさ・・・」

「孝之・・・」

思ってもみない言葉に少しドキっとした。

「・・・まぁ、なんというかグローブ見てたらやりたくなったんだけどな・・・」

孝之は照れくさそうに笑いながら言った。

んもう・・・

「いいよ。やろうよキャッチボール」

私は笑顔で答えた。私だから、私が速瀬水月だから―――
孝之はテレながらでもこういうことをいうのだろう。
そういうことがたまらなくうれしい。

「おう」

孝之は少し低い声でうなずいた。


アパートの脇の路地に出ると一面赤い景色だった。
街も空もビルも・・・あらゆるものが赤い夕日に照らし出されていた。

奥の通りに向かって小学生くらいの男の子2人が駆け足で走り去ってゆく。
元気に声をあげながら。

ここの見慣れた風景も今日が最後だと思うと少しさみしい―――


「いくぞー」
私の斜め前にたってる孝之が声をあげた。

ボールが赤い空に放物線をえがく―――

・・・そのまま私の頭上を越えて奥の通りに転がっていった。

「ちょっとぉ〜〜捕れるわけないでしょ」

ボールを拾いに走りに向かう。
奥の通りにでると涼しい風が吹きつけた――
ひところと比べると日も早く、涼しくなった。
心地良い風を受けながら 排水溝のふたの溝に引っかかったボールを拾う。

「わりい。手が滑った」
孝之は右手で頭をかきながら申し訳なそうにいった。

んもう・・・

「いくわよー」
くたびれたグローブの中にあるボールをにぎり体を構える。

「おーこい」

私はコントロール無視のカーブを投げた。

「うお!!」
軌道が曲がったボールをグラブが追いきれず
孝之はボールをはじく。

「・・・いきなりカーブなんて投げるなよぉ〜〜とれねぇよ」

孝之はあきれる様にいいながら転がるボールを追う。

「ふふん。さっきの暴投のお返しぃ」

私は思わずいたずらっぽく笑った。

こんなときがいつまでも続けばいいのに・・・

そんなふうに思いながらキャッチボールを日が暮れるまで続けた―――


「そろそろ戻るか」

すっかり辺りも暗くなったころ、孝之は言った。

「うん。そだね」

私はコクリとうなずいた。

「あ〜あ。私、お腹すいちゃった。どっか食べにいこうよ?」

私は寄り添うように腕を絡めながらいった。

「そうだな・・・なんか食いにいくか・・・」

「うん!!孝之のおごりでね!」

「ちぇっわかったよ。俺の荷物まとめるの手伝ってもらったし・・・」

「やったぁ!!」

声を上げ心から笑う。

歩道に沿って寄り添って歩き出す。

きっとこれからもこんな風にずっと・・・


――それぞれの想いが届くように

キャッチボールは続いてゆく

いつまでも続いてゆく――

ギャラリ〜へ