想いが届くように |
ダンボールから隠れていた思い出達がそっと顔を出す。 楽しかったこと、つらかったこと うれしかったこと、悲しかったこと そんなものが今の私を支えている。 心の中のダンボールがつぶれないように 願いこめてボールを放る
ダンボールを抱えながら孝之がしんどそうに声をあげた。 「とにもう!引っ越す前日までほとんど用意できてないなんて、なに考えてんの?」 「しょーがねーだろ。前のバイト先やめることとか新しく就職するとこのための準備とかでけっこういそがしかったんだよ」 孝之が新しい就職先が決まってほどなく新しい住居も見つかった。 「ぶつくさいってないでテキパキやる!!」 「ふぁ〜〜〜い」 んもう・・・ 雑誌や本の荷造りは午前中に終わったらしく今は収納の中のダンボールを整理していた。この部屋は見た目より収納が多いのだ。 口の割には孝之はわりとテキパキ動いていた。 「・・・あぁ、これ・・・こんなとこにあったのか・・・」 孝之はホコリまみれの古いダンボールに視線を落としていた。 「なに・・・ボケっとしてるの?早くしないと日が暮れちゃうよ」 孝之が抱えてるダンボールの箱を覗くとそこには 「なぁ水月・・・」 孝之はダンボールから顔を上げながらいった。 「・・・これからキャッチボールしないか」 「えっ!!荷造りどうするの?」 「だいたい終わったし・・・それに今日オマエ休みなのにどこにも 「孝之・・・」 思ってもみない言葉に少しドキっとした。 「・・・まぁ、なんというかグローブ見てたらやりたくなったんだけどな・・・」 孝之は照れくさそうに笑いながら言った。 んもう・・・ 「いいよ。やろうよキャッチボール」 私は笑顔で答えた。私だから、私が速瀬水月だから――― 「おう」 孝之は少し低い声でうなずいた。 アパートの脇の路地に出ると一面赤い景色だった。 奥の通りに向かって小学生くらいの男の子2人が駆け足で走り去ってゆく。 ここの見慣れた風景も今日が最後だと思うと少しさみしい―――
ボールが赤い空に放物線をえがく――― ・・・そのまま私の頭上を越えて奥の通りに転がっていった。 「ちょっとぉ〜〜捕れるわけないでしょ」 ボールを拾いに走りに向かう。 「わりい。手が滑った」 んもう・・・ 「いくわよー」 「おーこい」 私はコントロール無視のカーブを投げた。 「うお!!」 「・・・いきなりカーブなんて投げるなよぉ〜〜とれねぇよ」 孝之はあきれる様にいいながら転がるボールを追う。 「ふふん。さっきの暴投のお返しぃ」 私は思わずいたずらっぽく笑った。 こんなときがいつまでも続けばいいのに・・・ そんなふうに思いながらキャッチボールを日が暮れるまで続けた――― 「そろそろ戻るか」 すっかり辺りも暗くなったころ、孝之は言った。 「うん。そだね」 私はコクリとうなずいた。 「あ〜あ。私、お腹すいちゃった。どっか食べにいこうよ?」 私は寄り添うように腕を絡めながらいった。 「そうだな・・・なんか食いにいくか・・・」 「うん!!孝之のおごりでね!」 「ちぇっわかったよ。俺の荷物まとめるの手伝ってもらったし・・・」 「やったぁ!!」 声を上げ心から笑う。 歩道に沿って寄り添って歩き出す。 きっとこれからもこんな風にずっと・・・ ――それぞれの想いが届くように キャッチボールは続いてゆく いつまでも続いてゆく―― |
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