ハッピーバースデー・トゥーユー
 〜ラブデートは突然に〜


 三月二十二日  PM 6:30 夕日で染まる坂にて 


 孝之は自転車のペダルを深く踏み込んだ。
「きゃっ!?」
 遙が軽い悲鳴をあげる。 
 ――少し強くこぎつぎたかな? 
 孝之は少しスピードを落とすと遙の方を振り向いた。
「ごめん、遙。大丈夫か?」
「う、うん。少し驚いただけ……」
「そっか、んじゃゆっくり行こうか」
「うん。ごめんね?」
「いいって気にするな。それよりほら、凄いぞ?」
 孝之は視線を横に向けた。
 坂道を金色に染めながらゆっくりと大きな夕日が沈んでいく。
「うわあ……、凄いな……」
「ああ、綺麗だな……」
 二人はそのまま坂道を自転車で駆け降りていった。

 ―それより少し前―
  
  
「孝之くん、自転車で転んじゃって動けないよう……」
 孝之の携帯に泣きそうになりながら遙から連絡がはいったのはついさっきのこと。
 どうやら一人で自転車に乗って誕生会で飲むシャンパンを買いに行ったのはいいものの、
 バランスを崩して転んでしまったらしい。
 孝之が慌てて言われた場所にかけつけて見ると、遙は道端でうずくまって、何かの破片を
 拾っていた。
「シャンパン……割れちゃったの……」
 瞳を涙で濡らしながら、遙はそっとシャンパンのかけらをビニール袋に入れていく。
「馬鹿、お前。ひざすりむいてるじゃないか」
 見てみると、遙の膝小僧から血がうっすらとにじみ出てきていた。
 孝之は静かに遙の手を押さえてかけらを拾うのをやめさせると、静かに立たせた。
 しゃがみこんで、ポケットティッシュで傷口を拭いてやる。
「いつ……!!」
 遙の顔が苦痛で少し歪む。
「少し我慢しろよ……」
 何回かポケットティッシュで傷口を拭いていくうちに血はとまった。
 孝之は遙からビニール袋受け取ると中を覗き込んだ。
 中のシャンパンは……、全滅だった。
「さてと、遙お前歩けそう?」
 遙はふるふると左右に頭を振って、左足首を押さえた。
 どうやら転んでしまったときに足首を捻ってしまったらしい。
 孝之は自転車がまだ乗れるかどうかを点検してみた。
 少し車体に傷が入っているだけでまだまだ乗れる。
「遙、お前後ろに乗れよ、歩けないんだろう? それに早く家に帰らないとお前の誕生会におくれちまう」
「うん……、でも……」
「大丈夫だって、シャンパンならもう俺がお前の家に置いてきたから」
「えっ……?」
「お前と入れ違いで家にお邪魔したんだよ。お母さんが俺が持ってくるんだったら、
 遙に買いに行かせなくてもよかったわねって二人で笑ってた時にお前から電話が
 あったんだよ」
「そうだったんだ……」
 遙はそういうと、しゅんとなって下を向いた。
「私ってもしかして、怪我し損??」
「あはは、まあそうなるかもな」
「うう……酷いよう孝之くん……」
「まあ、そう怒るなって」
「あっ……!?」
 孝之は遙を抱きかかえると、自転車の荷台の上にそっと降ろした。
「さあ、帰るぞ」
「う、うん……」
 孝之は遙を振り落とさないようにそっとスタンドを降ろした。
 孝之の腰に遙の両腕が回される。
 孝之は背中に遙のぬくもりを感じながら自転車を走らせ始めた。


 
 PM 6:45 住宅街


 もうすこし……このままがいいな……。

 遙は孝之の広い背中に顔をくっつけながらそう思った。
 孝之の背中は、三年前の夏祭りのあの頃の背中とはその存在感がまるで違っていた。
 その存在感ははるかに大きくて今の遙にとってとても頼もしいものでもあり、安らぎをくれるもの。
 そっと背中を見てみると、がっちりとした肩甲骨が動いているのがわかった。
 遙は孝之の腰に回した両腕に少し力を込めた。
「ごめんな、今日バイトがあってデートも出来なかった……」
 自転車をこぎながら孝之が突然声をかけてきた。
「ううん……、こうして孝之くんと二人でいるからもういいよ」
 遙は孝之のその健気さがかわいくておもわず微笑んでしまう。
 遙は両腕にさらに力を込めた。

 もっと孝之くんとこうしていたい。

「おいおい、遙。ちっと苦しいって」
「もう少しだけ……駄目?」
「…………」
 孝之は返事の変わりに遙の腕を握った。
「ん……」
 遙はさらに孝之の身体に自分の身体を押し付けた。

 遙の目に大きな家のシルエットが見え始めてきた。
 家の門の前でこちらを見ながら佇んでいる人影がみえる。
 妹の茜が姉の心配をして、外で待っていてくれたのだろう。
 茜は遙達の姿をみつけると大きく両手を振りはじめた。
 
 残念……、ずっとこうしていたいのに
  
 遙はそう思いながらも両腕をはずして、手を振りかえした。
 
「あ〜あ、自転車デート終わっちまうな」
 孝之が残念そうに遙に囁く。
「うん……」
「まあけど楽しかったからいいか」
「うん!」
 遙が元気に声を上げた。
「うっしゃ! ラストスパート!!」
「きゃあ!」
 少しの加速感と共に自転車のスピードが上がった。
 振り落とされないように慌てて遙は孝之の腰に腕をまわす。
 
 こんな……。誕生日のデートがあってもいいよね!
 ねっ、孝之くん!!
 
 遙は軽く孝之の背中にキスをした。

 キキキィ……!

 軽い音をたてて自転車が止まる。
 茜は姉達の姿を認めると軽い足取りで駆け寄ってきた。
「ねえさんおかえなりさい。あれ?足どうかしたの?」
 茜は目ざとく遙の膝の擦り傷に気がついた。  
「ちょっと自転車で転んで足くじいちゃって……」
「大丈夫なの? 歩ける??」
 茜が心配そうに遙を見つめた。
「んっと……、うん。大丈夫」
 遙は軽くつま先で地面をたたいた。
「うしっ、それじゃあ早く家にはいろっか」
 孝之が明るく二人に声をかけた。
「鳴海さん?? ここは私達の家ですよ?」
 茜がいじわるな視線を孝之に送る。
「う……、うるさいな。結婚したら俺のうちでもあるの!」
 そういったあとで孝之はしまったというような顔をした。
「えっ!? なに? それってなにそれなにそれ!!?? もしかして
 姉さんの誕生日の今日に重大発表なんかしちゃうわけ!!??」
 茜が驚きの声を上げる。
「えっ? えっ? なになになんのこと?」
 遙はぽかんとして二人の顔を交互に見渡した。
「えええ〜〜い!! うるさいうるさい!」
 そういうと孝之はドアに向かって走る。
「あっ!! 逃げた!!」
 茜が玄関に駆け込む孝之を捕まえようと追いかける。
「えええ〜! まってよう!!」
 遙も慌てて玄関に駆け込んでいく二人の後を追った。



 パタン

 軽い音と共にドアが閉まる。
 わずかな喧騒の後にのこったものは、夜空で瞬く星たちばかり……。
 


 ハッピーバースデー・トゥーユー 〜ラブデートは突然に〜 END
 
 
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