ありふれたLove story (前編)

 
―――昨日はドキドキしてあまり眠れなかった。
学校の授業もまるでうわの空。
それを先生に気づかれたらしく授業中何度も指された。
授業がいつもよりやたら長く感じてしまう。
ホームルームが終わると同時に教室を抜け、突き当たりの階段を駆け抜け玄関で靴を履き替え校門に向かう。
いつもと違う近道の路地裏を抜けいそいで家に帰る。
玄関に飛び込み階段を駆け上がり自分の部屋でとっておきの薄い空色のワンピースに着替え簡単に化粧をし、まっすぐ柊町駅に向かう。


柊町駅には待ち合わせよりかなり早く着いた。
まだ鳴海さんは来てない。
腕時計から近づいてくる秒針の音が聞こえる。
体内時計からも響いてきてる。
あの人の登場を待っている――

「おーぅ。もう来てんだ。」
鳴海さんが手を振った。
鳴海さんは肩口に花の柄のついた草色のトレーナーにジーンズ、生成りのコンバースをはいていた。
「あれぇ・・・時間、遅れてないよな?」
待ち合わせの時間より5分ほど早くきた鳴海さんがケータイで時間を確認している。
「うん。遅れてないよ」
私は小走りで鳴海さんに駆け寄る。
「楽しみだから・・・早く来ちゃった♪」
鳴海さんの1m弱くらいまで近づく。
「そっか。」
鳴海さんがすっと目を細めて笑う。
「それじゃいこうか」
そういって隣を歩く私の手をやさしく握ってきた。
「はい!」
私もそっと手を握り返す。
私の鼓動が少し速くなっているのがわかった。


電車に乗り橘町の映画館に向かう。
電車の中は学校帰りの学生で結構混んでいた。
中吊りの広告にふと目をやると今日見に行く映画の広告だった。
「鳴海さん、映画楽しみですね」
私の視線で鳴海さんも中吊りに気づいたらしくそっちの方を見ていた。
「あぁ。映画館で映画を見るの久しぶりだし・・・楽しみだな」
その後も映画館に着くまで映画の話題で話し続けた。
あいにくの曇り空だけど・・・全然気にはならなかった。


映画は今話題のファンタジーものだった。
話題にはなっていたけど、思っていたほどのおもしろさじゃない。
入る前に売店で買ったポップコーンをほおばる。

あ〜あ、がっかりだな〜

期待していた映画な分だけ余計に・・・
鳴海さんはどう思ってるのかな?

そう思い・・・鳴海さんの方を見ると

・・・寝ていた。

「ちょっちょっと鳴海さん」
慌てて肩をゆする。
「Zzzzzzz・・・!」


――ビクッと肩が動く。


「マ・・・マッマブラヴ再延期ぃ!!?」


あまりの絶叫に館内の人が一斉にこっちに注目する。
「なんだぁ夢かぁ・・・あぁよかった・・・」
「よかったじゃないですよ!!鳴海さん。大きな声出さないでください!」
「・・・わりい」
後ろの方でなにやらひそひそと話し声が聞こえる。
私たちのこといってんだろうなぁ
はずかしいなぁ・・・
当の鳴海さんはというと・・・全然平気な顔をしていた。

・・・なに考えてんだろこの人。

どっと疲れた気がした。

映画の方はこれといった山場もなくすんなり終わってしまった。
鳴海さんはときどきあくびを殺しながらなんとか起きているという感じだった。


映画館を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。
紅葉して色の変わったイチョウの葉っぱの絨毯を二人で並んで歩く。
んーっと背筋をグッと伸ばしながら鳴海さんは言った。
「ちょっとイマイチだったな。映画」
「そんなこといって・・・鳴海さん寝てたじゃないですか・・・」
「いやまぁそうだけど・・・起きてから見た分だけでなんとなく」
「まぁそうですけど・・・」
「・・・」
ここで会話が途切れてしまう。
鳴海さんなんか眠そう・・・目をしぱしぱさせていた。
私といると楽しくないのかな?とちょっと思ってしまう。


「腹も減ったし、そろそろ飯食いにいこうか」
街路樹が並んだ通りを抜けるころ鳴海さんほうから沈黙をやぶった。
「いきたいとことかある?」
「いえ。特に・・・」
「んじゃ、おいしいとこつれてってやるよ」
鳴海さんは通りを柊方面に向かって歩き出した。

どこ連れってってくれるのかなぁ。やっぱりそんな高いとこじゃないよね。
一応社会人だし大人っぽいとこかなぁ。

期待で胸が膨らむ。

でも着いたのは

・・・牛丼屋だった。


「えっここなん・・・ですか?」
思わず聞く。
「うん。柊町にないんだよ。ここ。」
鳴海さんはそそくさと店内に入りカウンターに座る。
慌てて私も追いかける。
「いらっしゃいませー。ご注文は?」

「大盛ネギ濁ギョク」

店員さんの顔つきが変わる。
壁にあるメニューを見るとそんなメニューは載ってない。
なんだろ?
「茜はどーする?」
鳴海さんが聞いてきた。
「えっと・・・同じもので」
私は牛丼屋に入ったことがない。
どういうふうにするのかさっぱりわからない。
でもよりにもよって初めてのデートで牛丼屋なんて・・・
しかも店員さんの目つきがさっきからこっちを観察するように見ている。
店内の人もなんかチラチラこちらを見ているような・・・
気になるなぁ。なんなんだろ?

しばらくするとすっごくネギの多い牛丼がでてきた。
ギョクって生卵ってこと初めて知った。
でも知る喜びとかそういうのはなかった。
心の中で「ハァ・・・」とため息をついた。


牛丼屋を出てからしばらくして
「腹、減ってなかったの?」
「別に・・・」
私は牛丼をほとんど食べなかった。
正直ほとんど食べる気がしなかった。
店員さんはじろじろ見られてたっていうのもあったけど・・・
鳴海さんにいろいろ期待しすぎてたのかな・・・

「さっきから何で怒ってんだよ?」

「そりゃあ・・・」

その言葉にあきれながらも続ける。
「初めてのデートなのに・・・映画館では寝ちゃうし、しかも牛丼屋なんて」

語気が強まるっているのがわかる。
「今日のために4万もするワンピースきてきたのに・・・」

「鳴海さん全然楽しそうじゃないし・・・」

少し涙がでそうになってる。こんなことで泣くなんておかしい―――
そう思っても・・・とまらない。何でこんな不自然な涙流すんだろ?

鳴海さんは少し肩を落としているようだった。
「・・・ごめん」

「いい。謝られたくない」
手の甲で涙を拭う。
「っもう知らないんだから!!」
「おっおい!」
鳴海さんに背を向け駆け出す。

どんよりと雲が覆い、空には星1つ見えなかった。
その空の下をサイレント映画みたいに人々だけがうごめいている。
そんな風景の中、私は鳴海さんの方を一度も振り向かずに

ただ―――走った。


後編に続く

ギャラリ〜へ