初詣〜飛梅〜

「おーい、遙。どこ行くんだよ〜」
 孝之君が10mほど向こうで声を上げる。けど、とてもそっちにはいけないよぉ。
 元旦の朝、孝之君と待ち合わせて初詣に来たのはいいんだけど、すんごく大勢の人、人、人・・・。人混みにもまれて、孝之君とどんどん離れていっちゃう。
「あうぅ・・・。孝之君、助けて〜」
 もうあまりの人混みに、私の足は宙に浮いてしまってる。川でおぼれているみたいに、流れに逆らえずに進んでいくしかないみたい。もう私、半べそになって孝之君に助けを求めていた。
「遙、こっちだ!」
 孝之君は参道の階段の手すりにつかまって、私に手をさしのべてくれていた。人混みの中を漂いながら、何とかその手に私の指を絡める。すかさず、自分の方に私の体を引き寄せてくれる。
「遙ゲット〜」
 私を抱き寄せながら、ちょっとおどけて孝之君がささやく。ガードするように、孝之君の前に私を移動させてくれる。すると、急に歩くのが楽になった。後ろから押されないわけじゃないんだけど、歩けないということはなくなった。
 前にもこんなことあった気がするなぁ・・・。人混みの中・・・。・・・・・・あ。思い出した。ラッシュの電車の中。孝之君が私を守ってくれてた時だ。あのときは私が一方的にあこがれていただけだったんだけど、きつそうにしていた私を人混みから守ってくれていたんだった・・・。
「ふふっ・・」
 あのときを思い出して少し笑みがこぼれる。孝之君は後ろで怪訝そうにこちらを眺めている。この気持ちは孝之君にも内緒。
 あのときは知らない女の子を守ってくれてただけだった孝之君。でも今は、「遙」を守ってくれている・・・。嬉しさはあのときと一緒。だけど、今はあのとき感じた切なさはもうない。代わりに、孝之君が私を思ってくれている幸せをあらためて感じている。神様に今年の願い事をいう前にお礼を言っておかなくちゃね。孝之君と巡り合わせてくれてありがとう、今年も一緒に過ごす時間をくれてありがとうって・・・。
 
 
「遙、何をお願いしたんだ?」
 本殿にようやくたどり着いてお参りをすませると、ちょっと落ち着いたところを探して一休み。
「たぶん孝之君と一緒だよぉ」
 二人で白陵大に合格できますように。孝之君と楽しく過ごせる時間が増えますように。あとはちょっと虫が良すぎるかもしれないけど、また4人で一緒に会えますように・・・。
「今年はね、いいことがたくさんありそうな気がするんだぁ」
 何にも根拠はないんだけど、そんな気がする。何となく・・・ね。
「そうか、俺もそんな気がするよ・・・。うん!今年はいいことがたくさん、ある」
 ふふっ。孝之君、そんなに力強くいうことでもないのに。・・・ふと、気になって聞いてみる。
「ね、孝之君、大学に合格できますようにって、ちゃんとお願いした?もうすぐ受験だよ?」
「!」
 はっとした表情を浮かべた孝之君、慌てて言いつくろう。
「遙、俺はな、神様なんかに頼らなくてもちゃんと受かってみせる。だから、わざわざお願いしなかったんだ」
「私、お願いしてきたよ?」
「・・・もう一度お参りしないか?」
 すこしアセアセしている孝之君、本気でもう一度お参り行きたそう。
「ふふっ。大丈夫だよぉ。孝之君の分までちゃんとお願いしておいたからぁ」
 本当にほっとした表情を浮かべる孝之君、おかしいよぉ・・・。つい、くすくす笑ってしまう。
「遙、そんなに笑うなよー。・・・そうだ、おみくじでもひくか?」
 ちょっと恥ずかしげに聞いてくる。話題変えようとしてる。あはっ。
「うん。行こうかぁ」


「うわ、すげえなぁ。おみくじが鈴なりだよ・・・」
 孝之君が思わず声を上げる。二人でおみくじをひいてみたのはいいんだけど、結べそうな木がもうないみたいなんだぁ。
「少しはずれの方に行ってみるか?」
別におみくじ置いてあるところの近くに結ぶ必要、ないかもね。
「うん」
 二人で少し歩いて、参道からはずれた方に進んでみる。こっちは少し見晴らしがよくなっている他は、小さな祠があっただけのはず。1月なのに、穏やかな日差しが優しく包み込む。心がふわっと和んでくる。
「なぁ遙、あの木なんかどうだ?」
 あ、そうだ。私たち、おみくじを結ぶ木を探していたんだっけ。
「・・・え?どれどれ?」
 少し慌てて返事を返す。
「どうしたんだ?ぼうっとして。疲れたか?」
「ううん、大丈夫。あそこの木?梅かな?」
 孝之君が見ていた方に視線を送るとちょっと小振りな木が1本、ぽつんと、小さな祠の横に立っている。
「うん。たぶん梅だな。ちょうどよくないか?」
 そういうと、もう近づいておみくじを結び始める。私もそれにならって孝之君の横に結びつける。ここにあるのは二人のおみくじだけ。二人に幸運が訪れますように・・・。

 
「ねえ孝之君、飛梅って知ってる?」
 どちらともなく梅の木の下に座ると、丘からの景色を眺めながら孝之君に話しかける。
「ああ、菅原道真を慕って、梅の木が一夜にして太宰府まで飛んでいったって伝説だろ?」
「あの伝説ね、本当だったと思うんだぁ。強く強く、本気で願っていれば、その思いは遂げられるんじゃないかって・・・。少なくともその思いは、道真さんに届いていたと思うんだ・・・」
「遙・・・」
「事故の後、目が覚めるまでね、よくは覚えていないんだけど、ずっと、孝之君に会いたい、孝之君とお話ししたい、そればっかり考えていたように思うの・・・」
「もちろん、今そう思っているだけで、実際には昏睡していただけかもしれないよ?でも、その思いがあったから、ここに帰って来られたんだと思う」
 ふと気づくと、孝之君が優しさのこもったまなざしでこちらをじっと見つめている。急にちょっと恥ずかしくなってきちゃったよぉ・・。
「や・・・やだ、私、何話しているんだろうね・・・」
 真冬なののに、顔が真っ赤になってるのが分かる。顔だけじゃない、体中火照ってるみたい。恥ずかしくて思わず目を閉じてちゃった・・・。
 ぱふっ・・・。そのとき。何かがそっと私の頭の上に置かれる。暖かく、私のよりちょっと大きい、孝之君の手。くしゃくしゃっと髪の毛がやさしくかきまわされる。・・・この感覚。心の底からふぅっと湧いてくる、春の陽だまりみたいな、暖かく安らげるきもち・・・。孝之君だけが作り出せる、私の中のオアシス。たったこれだけで、私はふにゃぁっととろけちゃう。
「恥ずかしがることないさ。確かにあの夏、遙の想いは俺の心に飛び込んできた。ほんと、飛梅みたいにね。その想いがあったから今俺たちはこうしてここにいられるんだと思う。俺も信じるよ、飛梅・・・」
 あうぅ、だめ・・・。そんな言葉を聞いたら・・・涙が・・・。
「今度、遙に何かあっても、遙がどこか遠くへ行ってしまっても、今度は俺が飛んでいくよ。俺が飛梅に・・・なる」
 もう、涙で何も見えない。ただ柔らかく優しさに満ちた感覚を唇に感じるだけ・・・。今年もこんな幸せが続きますように・・・。みんなが安らぎに包まれる、いい年でありますように・・・。
 




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